本の紹介『日本海軍400時間の証言』

海軍あって国家なし

NHKスペシャル取材班『日本海軍400時間の証言: 軍令部・参謀たちが語った敗戦 』新潮社、2014年

これは2009年から3回にわたり放送されたNHKスペシャルを書籍化したものです。単行本は2011年に出版されており、今年の7月にこの文庫版が出ています。

8月ということで書店の終戦関係特設コーナーに平積みされていた本書をたまたま目にして購入しました。最初はよくありがちな戦争に関する組織論的なものかと思っていたのですが、それは浅はかな考えであったというのが読後の感想です。

この番組は、海軍という組織がいかにして戦争を開始して、どのような指揮命令が行われ、そしてその結果としてなぜ多くの犠牲者を出したのかというストーリーを、指令する側の視点から明らかにしようとしたものです。こういった話では特攻隊員などの現場の人たちからの視点で作られるものが多い中、それを逆の見方で検証しようとしたのがこの番組です。

番組制作のきっかけは、担当プロデューサーが別件で知り合った戦史に詳しい人との会話の中で、海軍の司令部にいた人たちが毎月反省会を開いているというものがあったことでした。それは1980年から1991年まで開催されていて、内容は秘密の会合でしたが、関係者もほとんど鬼籍に入り、後世のためにも公開してもいいんではないかとその人が宴席でにおわせたところから、企画が動いたとのことです。

番組プロデューサーが、海軍組織の問題点はそのまま現代の日本企業の問題点に通じる部分が多く、それがこの番組が多くの共感を得た要因ではないかと言っているように、現場で起きていることと会議室で議論されていることが噛み合わないということのは、海軍に限らず現代においてもありがちな話です。しかし、軍隊と企業の決定的な違いは、それが人命に直結するか否かです。軍隊では作戦計画のまずさが現場の犠牲に直結するため、これは大きな問題といっていいでしょう。しかし、実際の作戦会議では「どこどこの誰々がそう言っているなら、それでいいんではなかろうか」といった非合理的な決定が普通に行われていたりしたそうです。その他、本心では戦争反対だが、艦船などで陸軍よりも多くの予算を使っている手前、戦争反対を主張できなかったなど、ちょっと軽すぎる作戦計画過程であったようです。

特攻隊に関しても司令部からのお達しは「命令ではなく志望者を募れ」でしたが、現場ではそれを命令と解釈したわけです。当然、司令部からそういう話がくれば、現場としては行間を読むでしょうが、司令部からの命令は出してないという論理です。

また戦争開始にあたっての事前検討の段でも、どうみても勝つ見込みが少ないとの結論に至りそうになったら、資料の数字がよく見えるように加工してしまったりと、自分の身の回りでも散見されるような話が出てきてました。

しかし、番組スタッフが反省会の内容を検証しても、彼らの口から反省の弁は聞かれずじまいとのことでした。そんな中で特攻で5,000人以上の若者が命を落としました。本書内にも書かれていますが、時代が時代なら我が身に起きていた出来事かもしれず、他人事ではないと考えると、なおさら会議室での軽い決定に怒りを覚えずにはいられません。

執行責任を取るというのは意外に難問なのかもしれませんが、私自身、ちゃんとできているかを考えてしまう、そんなきっかけをもらった本でした。

なお、関係者へのインタビューが多く載っていますが、涙なしには読めません。読む場所を考えないといけないこともあるかと思います。

評価:★★★★★


余談ですが、この反省会が開催されていたのが原宿の水交会という海軍や海上自衛隊のOBからなる組織の会議室なのですが、CS放送で西部警察を見ていたら、画面の端に水交会の文字が。ロケ場所は東郷会館だったのですが、読み返してみたら、まさにこの水交会でした。ちょっとした偶然ですね。

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