本の紹介『2050年のメディア』

(特にウェブ)メディア関係者必読の書です。

下山進 『2050年のメディア』 文藝春秋社、2019年

著者は元文藝春秋社の編集者で、現在は慶應義塾大学のSFCにて特任招聘教授として本書と同名の講座を立ち上げた人です。ちょうどインターネットメディアが立ち上がったころからのウェブメディアと新聞の盛衰を描いたものです。

私もウェブメディアの世界に足を突っ込んでから20年(本投稿を書こうとして数えたら、20年経ってるのに気づきました)。ちょうど本書のウェブメディア側のメイン対象となっているヤフージャパンが立ち上がったのとほぼ同時期にこの業界に入ってきました。その頃の歴史を振り返ることもでき、非常に楽しかったです。

ニュース媒体として大きな力を持っていた新聞が、ウェブメディアが登場し、そこにニュースを提供して莫大な利益を得た反面、次第にウェブメディアが力を持ってきて新聞の地位を脅かすというところから始まり、新聞社の独自ウェブメディアの立ち上げからネット版の有料提供という流れを追い、最終的にはウェブメディア側も変遷を余儀なくされるというところまで描いています。

ひっそりとではありますがこの業界に身を置く人間として考えさせられることが多く、また個人的にはウェブメディアの在り方というものを再考察していたところだったので、なおさら脳細胞をフル活動させた次第です。

そんな再考察のなか、おぼろげに感じていることがあります。すなわち、盛り上がるSNSなどの中身のほとんどが薄っぺらいということです。いろんなことで炎上していたりするものを見ますが、そんなもん少し勉強すれば分かることだろうとか、ちゃんと考えて書いているのかと思うことが多々あります。確かにネットは便利ですが、例えばWikipediaに書かれている数行で物事を正確に理解できるのかというのは疑問ですし、実際には無理でしょう。Wikipediaは便利ですが、あくまできっかけとしての情報止まりではないでしょうか?それが知識としての事実となっているようで怖いです。その思いを確信したのが、下記のヤフーの奥村氏の言葉です。

「答えはネットにはない。本の中にある」(410ページ)

これはしっかりとした知識を身につけていないとネットでは生きていけないという警鐘の言葉ですが、まさにそのとおりであると思います。

いますぐ横に日本経済史のテキストである『日本経済の歴史』がありますが、日本の古代から現代までの経済史を語るのに300ページを費やしています。しかし、これでも入門的な知識にとどまっています。この情報量はネットにはなかなかないでしょう。やはりしっかりとした情報を得るには、この時代であっても書物が必要ということですね。もちろん、ネットにそれと同等のものがあれば話は別ですが。

たまたま時代が重なっただけですが、インターネットの成長と自分自身の社会人としての成長がシンクしているため、ネットには無限の可能性があると信じて若い頃はやっていましたし、本書で出てくるヤフーの各人も同じ思いであったと言える記述もたびたび登場します。一方で先述のとおり、すべての可能性はネットにはないといったことも踏まえつつ、ウェブメディアとはどうあるべきかということに思いを馳せることができた、いい読書体験でした。

ただ、これは仕方ない部分でしょうけども、取材対象が狭すぎたのが残念です。ウェブではほぼヤフー、新聞では読売とちょっとだけ朝日、日経新聞はガードが堅いので周辺取材での構成というのがほぼすべてで、せっかくであれば毎日、産経などにも拡げて欲しかったです。というわけで、星4つ評価です。

評価:★★★★☆

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